ブランドは、つくっておしまいか?

ブランドって、はじめからポンっとそこに在るものではありませんよね。

人に例えると、産み落として、手塩にかけてよーく育てて、ようやく社会にデビューして、辛い評価なんかも受けたりして浮き沈みも経験しながら、社会から認められ、より競争力のあるポジションを獲得していく行動です。

はじめは誰も知らない青二才。いつかは誰もが知る著名な存在に育つまで。
ブランド形成は、終わりのない成長の道とも言えるでしょう。


掘り下げる

外向きのメッセージ活動だけが、コミュニケーションではありません。
むしろ企業の中で、自社のブランドをどう守っていくか、育てていくか、変化に対応していくかを熟考するプロセスは、対外的にどう発信していくかという議論より、根源的でねばっこい思案が必要です。
深く自らの足元を掘り下げていくプロセスは、なにしろ 自問自答ですから、うわべの虚構が必要ないかわりに、ガチンコ、丸裸…。とても辛い “Hard time” になります。
他人から指摘されることと、自己の診断とでは大きな乖離があるものです。他人からどう見られているかということは、なかなか自分から気づけないものです。
 
〈こう見られたい自分〉と〈実際に評価されている自分〉
誰かにそっと教えてもらえるといいのですが、他人からのアドバイスは耳に痛いことが多いです。
自分の評価を素直に受け入れて、改善のための宝物と思って、おおいに取り入れたいものです。
 
創業時の綱領に立ち返ったり、自らがつくっている商品が、そもそもどんな人のどんな欲求を満足させるために生まれてきたのか…など、 企業の存在理由を確認する貴重な議論になることもあります。
 
そしてそんな禅問答のような問いかけの結果、自分たちがこれから目指すべき商品・サービスとはどんなものかを改めて見つけることができるのです。
自分たちの足元をもう一度見直す、見返すことによって何かを《再発見》できることがあります。

我らの畑を耕そう

 
かのフランスの哲学者ヴォルテールが楽観的な世界観を批判したコントを原作とし、アメリカの作曲家、故レナード・バーンスタインが音楽を手掛けた《Candide》というオペレッタがあります。

ドイツの領主の甥として生まれ幸福に育った天真爛漫で「あらゆる物事は善なのさ」という楽天主義者のキャンディードは、あるロマンスをきっかけにお城を追い出されてしまう。それからはインディジョーンズのように、我が身に降りかかる天災、詐欺・泥棒などめくるめく凄惨な旅の先に、わずかな黄金を持ってヨーロッパの最果てコンスタンティノーブルに辿り着き、日々の労働とその成果の中にささやかな幸福を見いだします。

 
そして自分の生き方に気づいた主人公キャンディードが、全員と大団円を迎え共に歌うのが
“Make Our Garden Grow”(我らの畑を耕そう)
という楽曲です。
 
企業や商品の見た目(Feel & Look)をいかにイメージ良く見せるかという、20年ほど前に流行った「Visual Identityもどき」の延長線上として〈ブランディング〉という行為を、理解している人も見受けられます。

Visual Identityもどき…は、経営コアの視覚化発想からではなく、ヨコ文字の社名と洒落たシンボルマークを、中小企業がこぞって取付け替えたバブル経済時代の流行現象。

 
自分たちの畑を耕す…土の改良も、肥料の研究も、風土に合う生産方法の改良も…良い商品を作り続けるための継続的な営みの成果(Fruits)が、《ブランド》として〈他者から〉初めて認められるのです。


根づかせる

 
商品力を高めるための「研究開発」も、サービス向上のための「スタッフ研修」も、営業力を高めるための「セールス研修」も、チーム力を高めるための「リーダー研修」も、すべては企業の血となり肉となり、より強い商品を世に出し、購買者に喜んで利用していただくための行為に他なりません。
 
外に向けての発信努力ではなく、組織の内側…コアに向かっていく、 インター・コミュニケーション、これが「根付かせる」プロセスです。
 
たくさん議論をして、時々喧嘩もして、より消費者が本当に求めている商品・サービスとは何かを探ります。
 
「我々には何を提供できるか」自問自答を繰り返します。
下に下に向けて根を延ばしていけば、やがて支流の根が、今度は横に向けて伸び拡がっていきます。
 
企業を構成するあらゆるリソース(マーケティング、開発、商品、販売、流通、人材…)が、自らのチカラで、根を太く深く張り延ばしていきます。
これが企業の「強さ」に転じて行きます。「 負けない力」と言い換えても良いでしょう。

ええかっこパッチ?

 
このプロセスなしに、やれ「ブランディング」だ「CSR」だと、取って付けた《ええかっこパッチ》を充てても、勝ち目がないことは明白です。
 
品性が低い人が高価なドレスを身に纏っても、すぐに化けの皮は剥がれてしまいます。
なぜならその場限り、見た目だけの「ええかっこ」だからです。
 
ブランディングは、見た目を繕うツールではありません。
企業の足りない品格を補うこともできないし、販促の手段でもありません。


芽が出る

 
やがて新たな製品やサービスが、目に見える形になってきます。
しっかり根を張ってさまざまな検討を繰り返したので《勝算のある》製品に仕上がっています。
 
「強み」が明快な商品は、セールスポイントをエンドユーザに伝えやすく、広告戦略も立てやすいものです。
〈売れるべくして売れる〉製品を世にリリースしていくわけですから、「売れなかったら在庫どないしょ?」とあらぬ心配をする必要もありません。
 
長いインター・コミュニケーションの時期を超え、ようやく陽の目を見る時がやってきました。堂々と送り出していきましょう。
「Hello, world!」
 
強みがない…競争力がない商品は、広告のしようがありません。セールスポイントがないわけですから、えげつない化粧を施して一瞬だけ目立つとか、デビュー時から安売り・値引きで価格政策に溺れてしまうしかありません。
 
強みがない製品は、いずれにせよ、短命に終わる宿命を背負って、世の中に送り出されるしかないのです。
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