とりあえず見積!は Not Good ですよ
「とりあえず、なんぼでできるの?」
あわて者の関西人は、なんでもせわしない。
急いでもいないのに、エスカレーターの前に空きあれば急いで駆け昇る。
クルマの運転中に、少しでも車間を見つければ、他の人に割り込まれないようアクセルを踏んで車間を詰める。
毎日毎日、ハァハァ息が荒いぞ、関西人!
落ち着いて話そうぞ、関西人。
まぁまぁ、落ち着いてください。
デザインの依頼ごとは、テーラーメイドのスーツを誂えたり、注文建築を依頼することと同じです。
たとえば、街ですれ違ったダンディな叔父さんが着ていたスーツが脳裏に焼き付いて離れない人がいたとします。
みんなそれぞれに「あんなカッコよさ」「そんなスマートさ」にビビッと触発されて、自分にも「あんな」が欲しいと思います。
誰だってそんな「あんな」を手に入れたいと思ったことはありますよね。
適当なテーラーハウスに行って
「あんなスーツがほしいんです。なんぼ?」と値段を聞きます。
「お客様のおっしゃる『あんな』が、どんなものか判りませんが、ここにある
・この生地のラインなら50,000円
・その生地のラインなら70,000円
・あの生地のラインなら90,000円
というところですな。」
と、3グレードの価格帯を返答されました。
まぁ、そうですわな。
なんとなく、違いはよくわからないけど、基本の〈松・竹・梅〉グレードと価格帯があることはわかった。
生地の柄と色の組み合わせ、インポート生地ならイギリスもの、イタリアもの、フランス物…もそれぞれの特徴があります。
この生地見本帳を見ているだけでは、1日かかっても決められそうにない。
あのダンディな叔父さんが着ていたのは「あんな」感じだったかな?
「あんな」感じがうまく伝えられないので、なんとなく近い感じの生地を、財布と相談して選んでみます。
まずは採寸をしてビッタリのサイズを算出します。
「今はタイトなフォルムが流行りですが、いかがしときましょう?」
「オーセンティックなトラディショナルも、流行りに流されない良さがありますが…」
店員がいろいろと聞いてくる度に、自分が欲しかった「あんな」からどんどんブレていく。ハァハァ。
採寸をしたから自分にいちばんフィットするはずなのに、ウェストの位置をどこで絞るか、着丈をちょっと操作して「どうフィットするか」で、随分快適さも変わるのだという。
さらに「襟のカタチ、ポケットのカタチ、ボタンはどれがいいですか?、裾はダブル/シングル?」
無限の選択肢から、ただひとつを選びきるには、相当の根性と厚顔が求められるのです。
セミオーダースーツなら、店頭に吊るしている中から選んで、よくあるサイズの型からのお直し、数種類の中から生地を選んで、来週にはできてますから、試着してみてください。
ある程度までならフィットするようにつまんだりできますからね。
ちょっとくらいキツイ箇所があっても、まぁこんなものかなと自分なりに始末をつけて、お買い上げありがとうございました、となります。
これでいい人がほとんどです。
でも、あのときすれ違ったカッコいい叔父さんの「あんな」感じからは程遠いものを手にして、それなりに満足して帰りました。
もし「あんな感じ」を自分なりに深く掘り下げていたら、もう少し違う自分になっていたかもしれません。
「あんな感じ」が他人に伝わるように
自分が思い描いたとおりの「成果物」を手に入れるために、まず頭の中を整理しましょう。
他人に説明できない自分のイメージを、誰かにわかってもらおうなんて、そもそも虫が良すぎるのです。
大阪のオバちゃん同士で
「ほら、あれやな?」「うん、せやな」
のような意味不明の会話が、聞くつもりもないのに聞こえてくることがあります。
よく、あんな代名詞だけで成立するなぁ、テレパシーか!マジシャンか!
と感心します。
ずっと同じ対象を見てきて、目前に繰り広げられていた事象の前後関係で以心伝心、お互いに伝わっているのでしょう。
でも建築家に自分の家を設計してもらう際に、
自分が思い描いてきたマイホームのイメージを説明できず
挙句の果てには
「そんなん、なんでわからへんの? あんたプロやろ?」
と説明することを投げてしまう人は、少なからずいらっしゃるようです。
「夢のマイホーム計画」は自分の趣味の延長だと考えれば、どこまでも永遠に追求することだってできます。
設計費はどんどん嵩んでいきますが、夢のマイホームを想像している間が一番楽しい時間です。おそらく一生に一度限りの、趣味のマイホーム計画を完成するまで楽しんでください。
ではいざビジネスで、新規事業や製品のデザインをデザイナーに依頼して、お客様相手にモノを提供していこうとする際に、発注者として何を目的にどのようなデザインをしていくべきか、こちらは合目的的に設計していかなければなりません。
〈マイホームを依頼すること〉とはまったく異なる土俵であることを理解しておく必要があります。
発注者が、デザイナーに対して何をどのように依頼すると間違いがないのか、紙に書き出してみましょう。ミスコピーの裏で構いません。
つづく